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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)829号 判決 1998年9月14日

原告

西村キヨ子

被告

田中英明

主文

一  被告は、原告に対し、金八四万五七一九円及びこれに対する平成六年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り 仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金七八八万五〇六〇円及びこれに対する平成六年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、交通事故により損害を受けたと主張し、民法七〇九条に基づき、または、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠(甲四の一ないし五、五の一ないし五、六の一ないし四、七の一ないし四、八の一と二、九の一と二、弁論の全趣旨)上明らかに認められる事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 発生日時 平成六年二月四日午前九時四五分ころ

(二) 場所 大阪府門真市大字上馬伏六五八番地先道路上(道路名市道その他)

(三) 加害車両 自動二輪車(奈良も三八〇六)(以下「被告車両」という。)

運転者 被告

所有者 被告

(四) 被害車両 足踏み式自転車(以下「原告車両」という。)

運転者 原告

(五) 事故態様 被告車両が、本件事故現場T字路交差点に進入し、交差点を西に直進しようとしたところ、原告車両が、交差点の西側を斜めに横断しようとして、被告車両が原告車両に衝突した。

2  責任

被告は、原告に対し、民法七〇九条に基づき、または、自賠法三条に基づき、損害賠償義務を負う。

3  原告が負った傷害

原告は、本件事故により、傷害を負い、平成六年二月四日、医療法人柏友会安井病院において、頭部外傷(Ⅱ型、後頭線状骨折を伴う。)、頸部捻挫、仙骨部挫傷、嗅覚、味覚障害との診断を受けた。また、治療の内容及び今後の見通しは、安静療養し、消炎、鎮痛の目的で内服薬を投与し、湿布をし、注射をすると判断された。

4  原告の治療の経過

原告は、平成六年二月四日から同年三月三一日まで(五六日間)医療法人柏友会安井病院に入院し、同年四月一日から同年六月一四日まで(実日数五八日)同病院に通院した。また、同年五月二八日から同年九月二五日まで(実日数四日)森下病院に通院し、同年六月一五日から平成七年二月七日まで(実日数一八〇日)医療法人聖和外科内科に通院し、平成六年七月一一日から平成七年一月二六日まで(実日数一二日)関西医科大学病院に通院した。

三  原告の主張の要旨

1  被告の過失

被告は、本件事故現場の交差点を進行するに際し、進路前方を注視し、制限速度(時速三〇キロメートル)を守り、さらに、自転車の側を通るときには安全な間隔を保つか、徐行しなければならない。ところが、前方を注視しないで原告車両の発見が遅れ、制限速度を越える時速約三五キロメートルで進行し、さらに、安全な間隔を保たず、徐行をしなかった過失がある。

2  原告の過失

原告は、交差点の西側を横断するに際し、右から進行する車両に対する安全確認を怠った過失がある。

3  過失割合

原告と被告の過失の割合は、一五対八五が相当である。

4  後遺障害

原告は、平成七年二月七日、症状固定したが、嗅覚、味覚の機能障害、後頸部右側の圧痛、頸椎後屈、右側屈の疼痛などの局部に頑固な神経症状の後遺障害が残り、自賠法施行令別表後遺障害別等級表一二級一二号に該当する。

5  損害

(一) 治療費(自己負担分) 二万八〇〇〇円

(二) 入院付添費 三五万一〇〇〇円

(三) 入院雑費 八万四〇〇〇円

(四) 通院交通費 一四万〇一五〇円

(五) 休業損害 三五五万四九四六円

原告は、本件事故当時、夫と共同でスナックを経営するとともに、主婦として家事に従事していたから、基礎収入は賃金センサスを基準とすべきである。また、本件事故時から通院を終えた平成七年二月七日まで(三六九日)休業せざるを得なかった。

(六) 後遺障害逸失利益 六二〇万四五〇五円

原告は、前記のとおり後遺障害が残ったから、一四パーセントの労働能力を、一八年(就労可能年数)にわたり、喪失した。

(七) 入通院慰謝料 二五〇万円

(八) 後遺障害慰謝料 二五〇万円

(九) 損害額合計 一五三二万三六〇一円

(一〇) 過失相殺後の損害額 一三〇二万五〇六〇円

(一一) 弁護士費用 一三〇万円

(一二) 既払 合計六四四万円

(一三) 請求額 七八八万五〇六〇円

四  被告の主張の要旨

1  事故態様及び過失相殺

被告車両が、原告車両を追い越すために中央線寄りに進行し、原告車両とほぼ並んだときに、原告が、右側のパチンコ店に入るため、後方を確認しないで急に右折したため、原告車両と被告車両が衝突した。

したがって、原告と被告の過失割合は、九〇対一〇が相当である。

2  後遺障害

原告の後遺障害のうち、嗅覚障害及び味覚障害は、原告の脳の左半球の小さな脳梗塞の既往症が原因である。したがって、本件事故と相当因果関係はない。仮に、後遺障害があるとしても、スナックの突き出しや家庭の料理を作る程度であれば、労働能力に対する影響は少なく、労働能力は喪失しない。

神経障害は、非外傷性の障害であり、本件事故と相当因果関係はない。

3  既払

原告は、自賠責保険から二二四万円、被告から五四九万九六〇三円の支払を受けた。

五  中心的な争点

過失相殺

第三判断

一  過失相殺

1  証拠(甲三、一六、乙五、原告及び被告の供述、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被疑者被告に対する業務上過失傷害被疑事件について、大阪府門真警察署司法警察員は、平成六年二月四日午前一〇時五〇分から同日午前一一時二〇分までの間、本件交通事故現場において、被告が立ち会って、次のとおり実況見分をした。(別紙図面参照)

(1) 現場道路の状況は、アスファルト舗装され、平たんで、乾燥していた。最高速度は時速三〇キロメートルであり、追い越しのための右側部分はみ出し禁止の規制がある。交差点には信号機はない。

道路条件は、市街地で、交通量は普通であり、原告車両と加害車両のそれぞれの見通しはよい。

(2) 被告車両の損傷の状況は、前フォークが擦過し、左サイドミラーが曲がっていた。

原告車両の損傷の状況は、前輪フォーク右に擦過があった。

(3) 原告車両と被告車両が進行していた東西道路のうち、西行き車線は、幅員が三・六メートルである。西行き車線の南側には、幅員二・五メートルの歩道があり、原告車両と被告車両が衝突した地点から西には、西行き車線と歩道の境界にガードレールが設置されている。

(4) 被告は、次のとおり指示説明をした。

被告は、西行き車線の道路端から二・四メートル車線内に入った付近を、西に向かって進行中、T字型の交差点を過ぎたあたりで、前方一三・二メートルの地点を同一方向に進行中の原告車両を発見した。原告車両は、西行き車線の道路端から一メートル車線内に入った地点を進行していた。

そこで、被告は、追い越しを開始した。

さらに、被告車両が一五・一メートル進行したとき(その間に、原告車両が五メートル進行したとき)、前方三・一メートルの地点にいる原告車両が北西に進路を変更し、危険を感じた。

被告は、ハンドルを右に切ったが、さらに三・八メートル進行した地点(道路端から二・六メートル車線内に入った地点)で、原告車両と衝突した。

被告車両は、さらに一八メートル進んで停止し、原告車両は、三・四メートル進んで停止した。

(二)(1) 被告は、平成九年一〇月六日、本件第五回口頭弁論の被告本人尋問期日において、次の内容の供述をした。

すなわち、本件事故の態様は、実況見分のときに、警察官に対し指示説明したとおりである。

被告は、時速三〇キロメートルで進行中、緩やかな右カーブを曲がったとき、原告車両を発見し、徐行に近い速度まで減速し、中央線寄りに走行したが、原告車両が急に道路を横断しようとしたので、これを避けきれずに衝突した。

(2) しかし、徐行に近い速度まで減速したとの供述は、必ずしも、前記認定の実況見分の内容と合致せず、これを採用することはできない。

(三)(1) 原告は、平成一〇年二月一三日、本件第八回口頭弁論の原告本人尋問期日において、次の内容の供述をした。

原告は、東西道路の北側にあるパチンコ店に入るため、東西道路に交差する南北道路を南から北に向かって進行し、交差点を西に進み、道路と歩道の境界にあるガードレールが途切れたところで一時停止をした。そこで、左右の安全を確認し、進行してくる車両がなかったので、原告車両を運転して、横断を始めた。ところが、中央線を越えた付近で、原告車両の後輪に被告車両が衝突した。

(2) しかし、原告の供述を検討すると、仮に原告が左右の安全を確認したのであれば、被告車両に気がつくはずであると思われ、どうして気がつかなかったのかとの疑問が残る。また、被告東両が西に進行していたことを考慮すると、中央線を越えた付近で衝突したとはきわめて考えにくい。さらに、原告車両の後輪に被告車両が衝突したとの点については、前記認定の実況見分における事故車両の損傷状況に合致しない。

そうすると、原告の供述を採用することはできない。

2  これらの事実によれば、被告は、もっと早期に原告車両を発見すべきであるにもかかわらず、前方一三・ニメートルの地点にいたってはじめて原告車両を発見し、足踏み式自転車が進行車線内に一メートル入って進行していたのであるから、減速をするとか、車間距離を保ち、原告車両の安全を確認して追い越すべきであるにもかかわらず、十分な減速をせずに、中央線付近を走行するなど車間距離を保たないで原告車両の右側約一・四メートルを進行した過失があるというべきである。

これに対し、原告は、進路を変更(または道路を横断)するときには、後方を進行してくる車両に対する安全を確認すべきであるにもかかわらず、十分に後方を確認しないで進路を変更(または道路を横断)した過失があるというべきである。

そして、原告と被告の過失を比べると、確かに、進路変更車両が、後方を確認して進路を変更すべきであるから、本来、その確認を怠った進路変更車両の責任が大きいということができる。しかし、本件では、前記認定のとおり、もともと原告車両は車線内を進行しているから、その進路変更を十分に予期することができるし、被告はすぐその右側を十分な減速をしないで追い越そうとしていることが認められ、これに事故車両の車種を考慮すると、全体としてみれば、原告より被告の責任が大きいというべきである。したがって、原告と被告の過失の割合は、四対六とすることが相当である。

二  損害

(一)  治療費 一三二万七六〇三円

証拠(甲五の一、一一の一ないし七、弁論の全趣旨)によれば、原告は治療費として二万八〇〇〇円を支払ったこと、被告は治療費として一二九万九六〇三円を支払ったことが認められる。

したがって、合計一三二万七六〇三円を損害と認めることができる。

(二)  入院付添費 〇円

原告は、入院付添費を支出したと主張し、甲一二号証の一と二(いずれも個室利用証明書)、甲二一号証(付添看護自認書)を提出する。

しかし、これだけでは、入院の付添いが必要であったと認めるには足りず、入院付添費を損害と認めることはできない。

(三)  入院雑費 七万二八〇〇円

入院雑費は、一日一三〇〇円を損害と認めることが相当である。

したがって、一三〇〇円に入院日数五六日を乗じた合計七万二八〇〇円を損害と認めることが相当である。

(四)  通院交通費 〇円

原告は、通院のため交通費を支払ったと主張し、甲一四号証(通院交通費明細書)を提出する。

確かに、通院のため交通費を支払ったと窺われないでもないが、しかし、甲一四号証は、その内容自体明確でないし、報告書にすぎず、ほかに支払を裏付ける客観的な証拠がない。したがって、これだけでは、交通費を支払ったと認めるに足りないといわざるを得ない。

(五)  休業損害 二六三万七二九七円

証拠(甲一五、原告の供述、弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件事故当時、四七歳であったこと、夫と共同でスナックを経営するとともに、主婦として家事に従事していたことが認められる。

さらに、前掲証拠によれば、原告は、本件事故により傷害を負い、入通院をして治療を受けたが、順調に回復したこと、具体的には、例えば、安井病院については、平成六年四月には二五日、同年五月には二一日、同年六月には一二日、聖和外科内科については、同年六月と七月には三八日、同年八月と九月には四七日、同年一〇月ないし一二月には七〇日、平成七年一月と二月には二五日、それぞれ通院し、いずれも、治療の内容は、内服薬の投与、湿布、注射、理学療法などであることが認められる。

そうすると、原告が入通院した平成六年二月四日から平成七年二月七日までの約一二か月のうち、六か月間はまったく仕事ができず、六か月間は仕事のうち半分ができなかったと認めることが相当である。

したがって、基礎年収三五一万六四〇〇円(平成六年賃金センサス、女子、学歴計、四五歳から四九歳まで)の月額二九万三〇三三円に九か月分を乗じた二六三万七二九七円を損害と認めることが相当である。

(六)  後遺障害逸失利益 六二〇万四五〇四円

(1) 証拠(甲一〇の一、一九の二、原告の供述、弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件事故により、頭部外傷(Ⅱ型、後頭線状骨折を伴う。)の傷害を負ったこと、本件事故から二週間後、嗅覚障害が生じたこと、症状が固定した後も、嗅覚テスト(アリナミンFテスト)に反応がなく、TアンドTテストにも反応がないこと、自算会は、原告の嗅覚障害が自賠法施行令別表後遺障害別等級表一二級に該当し、味覚障害や神経障害は非該当である旨の認定をしたことなどが認められる。

(2) これらの事実によれば、原告は、本件事故により、嗅覚障害の後遺障害を負い、一四パーセントの労働能力を一八年にわたり喪失したと認めることが相当である。

したがって、基礎年収三五一万六四〇〇円(平成六年賃金センサス、女子、学歴計、四五歳から四九歳まで)に一四パーセントを乗じ、中間利息を控除したうえ一八年を乗じた(ホフマン係数一二・六〇三二)六二〇万四五〇四円を逸失利益と認めることが相当である。

(3) これに対し、原告は、嗅覚障害のほか、味覚障害、後頸部右側の圧痛、頸椎後屈、右側屈の疼痛の神経障害の後遺障害が残った旨の主張をし、甲一〇号証の一と二(いずれも自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書)を提出する。

しかし、これらの証拠を検討すると、味覚障害については、自覚症状として、本件事故後二週間目から味覚障害の訴えがあったとされているが、他覚症状として、味覚検査(EGM)に味覚低下が認められないとされている。甲八号証の二(関西医科大学耳鼻咽喉科の医師が作成した診断書)によっても、電気味覚検査によると、味覚低下は認められないとされている。そうすると、原告が提出した証拠だけでは、味覚障害の後遺障害が残ったとまでは認めがたい。

また、後頸部右側の圧痛、頸椎後屈、右側屈の疼痛の神経障害については、他覚症状として、頸椎MRIによると、椎間板変性、骨棘形成が顕著であるとされているが、そうであれば、経年性変化の可能性を否定できない。また、前記認定のとおり、治療の内容も、内服薬の投与や湿布などに限られている。そうすると、原告が提出した証拠だけでは、神経障害の後遺障害が残ったとまでは認めがたい。

したがって、原告の主張は認められない。

(4) また、被告は、嗅覚障害は、原告の脳梗塞の既往症に起因する旨の主張をするが、これを裏付ける証拠がない。

かえって、証拠(甲二〇)によれば、豊中脳神経外科クリニックの医師は、平成一〇年一月一四日、MRI上左被殻に脳梗塞(小梗塞)を認めるが、臭神経、海馬、扁桃板にかけ、臭覚線維、臭覚中枢部の病変は認められず、臭覚脱失が脳梗塞によるものとは考えられない旨の診断をしていることが認められ、なおさら、被告の主張を認めることはできない。

また、被告は、嗅覚障害が認められたとしても、スナックの突き出しや家庭料理をつくる程度であれば、労働能力を喪失しない(または喪失期間は限られる。)旨の主張をするが、嗅覚を失えば、労働に支障が生じると思われるし、将来障害がなくなることを裏付ける証拠もない。

したがって、被告の主張を認めることはできない。

(七)  入通院慰謝料 一六〇万円

前記の入通院の状況によれば、慰謝料は一六〇万円が相当である。

(八)  後遺障害慰謝料 二三〇万円

後遺障害の慰謝料は、二三〇万円が相当である。

三  損害の合計額

したがって、損害の合計額は、一四一四万二二〇四円である。

四  過失相殺

したがって、過失相殺(被告六〇パーセント)をすると、相殺後の損害額は、八四八万五三二二円である。

五  既払分の控除

証拠(弁論の全趣旨)によれば、原告に対し、自賠責保険から二二四万円、被告から合計五四九万九六〇三円が支払われていることが認められる。

したがって、前記損害額から既払分合計七七三万九六〇三円を差し引くと、残額は、七四万五七一九円となる。

六  弁護士費用

弁護士費用は、一〇万円が相当である。

七  結論

したがって、被告は、原告に対し、八四万五七一九円を支払う義務がある。

(裁判官 齋藤清文)

別紙図面

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